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2012.08.25

海から帰ってくると、5時をまわっていた。まだ日は高く、昼の暑さもなかなか消えてはくれない。北海道より北といっても、ここ数年の気温は夏でも30度近くまで上がるらしく、暑さに慣れていないロシア人たちがウォッカをひっかけ、涼みに入った海で溺れるという事故が増えているという話も聞く。ステフは浜辺でぐびぐびとウォッカの小瓶をまるまるあけていたが、1時間ほどドライブをしていると、もう次を欲しているようで、一息つくひまもなく早々にキッチンへやってきた。ナージャにビールはないのかと尋ねる。そんなものはないと言わんばかりにナージャは軽くあしらった。ナージャはちらり、とわたしに目配せをして、小声で「ノンベエ」とつぶやいた。ステフは仕方なくテーブルについたが、手持ち無沙汰なようでそわそわしている。

しばらくすると、ナージャが晩の支度を始めた。食卓にはサラミ、きゅうりやエンドウ豆などの野菜、ゆで卵。茹でたイカを短冊切りにしたものは醤油とコチュジャンをつけるのがナージャ式だ。他にもシマエビと、大きな粒のマスカットがそれぞれ皿にてんこ盛りで出てきた。今日は、ナージャの家で過ごす最後の夜だ。思いがけずこうして現地の方の家に初めて滞在させてもらったが、こんなにもあたたかくもてなしてくれることを、今回ウグレゴルスクへ来るバスの中では思いもしなかった。最後に炊きたての白米をよそい、ボルシチが温まるのを待っていると、アンドレイがやってきた。手にはシャンパンを持っている。ステフは「ダワイ」と言って受け取ると、わたしにウインクをした。

青く透明なプラスチックのコップになみなみと、惜しげもなく注がれるシャンパン。乾杯だ、と言ってコップを4人で掲げると、「ザ ズダローヴィエ!」とアンドレイが音頭をとった。「健康のために」という意味らしい。「ミホコ ザ ズダローヴィエ!」2度目の乾杯は、わたしの来訪に乾杯してくれたらしい。飲む前からめでたい気分になった。そういえば、と思い出して、「わたしのお父さん、今日誕生日」とたどたどしいロシア語で伝えると、「日本はどっちだ」と方角を聞かれた。おおまかに、南を指差すと、アンドレイとステフはその方角へ向き直り、3度目の乾杯を遠くはなれた父にささげてくれた。