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2013.08.11

シャフチョルスクへ向かう路線バスに乗るためナージャとバス停へ向かうと、すでに女性が1人待ち合いベンチに座っていた。曇りでどよんとした灰色の街に、彼女の着ていた真っ白いワンピースはひと際目立っていたうえに、手には白いバック、白いサンダルを履いて、白いねこを連れていた。ナージャはいつも誰にでもそうするように「プリヴィエート」と挨拶をした。しばらく言葉を交わすと、彼女は目を丸くして、「オー、ジャパン」と英語で話し始めた。普段はユジノサハリンスクに住んでいる、この週末の休暇を利用してウグレゴルスクに住んでいる母親を訪ねてきたということだった。名前は、と聞くと「ミオコ」と教えてくれた。アジア系が混ざっていたので、家族のルーツは、と尋ねると、母親は朝鮮人だが、日本の血は混じっていないという。ただ、村上春樹の大ファンで、彼の小説から影響を受け、そう名乗っていると言ったが、本当の名前はラリッサといった。数ある日本の名前から、なぜ「ミオコ」を選んだのかはわからないが、私は「ミホコ」だよ、と告げると、お互い親近感がわき、会話を続けたままバスへ乗り込んだ。

ふいに「クリルへ行ったことはある?」と質問された。クリルとは千島列島のことだ。当然「ない」と答えると、「今度一緒にいかない?毎年夏に遊びに行くの。」と言われた。あまりに気軽に誘われたので驚いていると、彼女は続けて「気候がすごく良くて、避暑にはぴったりなの。景色も美しいし、自然もたくさんあるのよ。」と教えてくれた。札幌へ引っ越してから「四島返還」や「返せ、北方領土」などの横断幕を街で目にするたび重く複雑な感情を抱いていたが、こうもおだやかに言われてしまうと、純粋にその土地で過ごす時間に思いを馳せてしまう。
真夏のクリルの柳緑の中に揺らぐ白いワンピースがふとまぶたに浮かんだ。